2026年の年末商戦シーズンが目前に迫るなか、小売業界のデータからはこれまでと異なる潮流がはっきりと見えてきました。Adobeが2026年9月に公表した最新予測によりますと、米国のホリデーシーズン(11月1日~12月31日)のオンライン売上は2,751億ドルに達し、前年比6.7%増と過去最高を更新する見通しです。さらに注目すべきは、AIツール経由で小売サイトへ流入するトラフィックが前年比130%も増加すると見込まれている点です。同じ時期にSalesforceが発表した調査でも、買い物客の50%が購買プロセスのどこかでAIアシスタントを利用していると回答し、2026年のサイバーマンデーまでにECサイトの3分の1に専用のショッピングエージェントが導入されると予測されています。本稿では、両社の最新データを手がかりに、AIエージェントが消費行動と小売業の勝敗を左右する「エージェンティックコマース」の実態と、そこから見えてくる構造転換を掘り下げてまいります。
Adobeデータで見る2026年ホリデー商戦の全体像
Adobe Digital Insightsの予測によりますと、2026年のホリデーシーズン全体のオンライン売上は2,751億ドルと見込まれています。感謝祭からサイバーマンデーまでの「サイバーウィーク」だけで475億ドル(前年比7.4%増)に達し、シーズン全体の17.3%を占める計算です。カテゴリー別では家電が633億ドル(5.9%増)で最大となり、アパレルが513億ドル(4.7%増)、家具が334億ドル(7.3%増)、食料品が261億ドル(10.3%増)と続きます。感謝祭当日はモバイル経由の支出が売上の63%を占める見通しで、2025年の61.6%からさらに拡大しています。
このレポートでもっとも目を引くのが、AIツール経由のサイト流入に関するデータです。Adobeによれば、AI経由のトラフィックは前年比130%増と予測されており、日別では感謝祭が159%増、ブラックフライデーが95%増、サイバーマンデーが88%増と、いずれも大幅な伸びを示しています。これに対して有料検索経由の流入はわずか4%増、ソーシャルメディア経由は17%増にとどまっており、チャネル間の成長率には明確な差が生まれています。Adobeが2026年7月に実施した消費者調査(5,000人対象)では、AIを使って買い物をした人の77%が「購入への自信が高まった」と回答し、69%が「AIを使うと返品の可能性が低くなる」と答えています。
Salesforceデータで見る「エージェンティックコマース」の実態
Salesforceの2026年ホリデー予測レポートは、さらに踏み込んだ分析を示しています。ブランド所有サイトへの直接エンゲージメントは前年比7%減少し、従来型の検索エンジンやマーケットプレイスを利用する買い物客の割合も15%減少しました。一方で、AIアシスタントやSNSといった「新しいチャネル」の利用は38%増加し、買い物の最初の入口としてAIアシスタントを使う割合は、2025年5月から2026年5月の1年間で200%も増えています。購買プロセスのどこかでAIアシスタントを利用すると回答した買い物客は50%に達し、前年から67%の増加です。AIチャットによる商品推奨を信頼すると答えた人は74%にのぼり、サードパーティのAIチャット利用者は21%、SNS内のAIアシスタント利用者は17%、ブランド独自のAIアシスタント利用者は12%という内訳になっています。
さらに興味深いのが、ブランド独自のショッピングエージェントを導入した効果です。2025年のホリデー売上成長率を比較すると、ショッピングエージェントを導入したブランドは6.2%増、導入していないブランドは3.9%増で、導入組の成長率が約59%も高かったことがわかっています。ブランドのAIアシスタントが質問に答えた場合、41%が「購入への確信がかなり高まった」と回答し、36%が「やや高まった」と回答しており、回答を信用しないと答えた人はわずか5%にとどまりました。Salesforceは、2026年のサイバーマンデーまでにECサイトの3分の1に専用のショッピングエージェントが設置されると予測しています。また、店舗で買い物をする人の12%が、売り場でAIアシスタントにスタイルの確認や購入アドバイスを求めているというデータもあり、オンラインとオフラインの両方でAIが購買の意思決定に関与し始めている実態がうかがえます。
独自考察――エージェンティックコマースが突き動かす小売の勝敗分岐点
なぜ「AI流入130%増」の裏で有料検索はわずか4%増にとどまるのか
この成長率の差は、単なる一時的なトレンドではなく、消費者の情報収集行動そのものが変化していることを示していると考えられます。従来であれば、消費者は検索エンジンで複数の商品ページを開き、価格やレビューを比較しながら自力で絞り込んでいました。しかし生成AIが商品比較や要約を代わりに行えるようになったことで、検索結果一覧をクリックして回る手間そのものが不要になりつつあります。結果として、検索広告への出稿は従来通り行われていても、クリックを経由せずにAIの回答内で購買の意思決定が完了してしまう「ゼロクリック購買」が増加し、有料検索の伸びが鈍化しているのではないかと推測されます。広告予算の配分を検索一辺倒から見直す必要性は、今後さらに高まっていくと見られます。
ブランド独自エージェント導入組の成長率が59%高かった構造的な理由
導入組と非導入組の差が小さな施策の差ではなく、成長率で約1.6倍という大きな開きになっている点は注目に値します。考えられる要因のひとつは、ブランド独自のAIアシスタントが単なる商品説明だけでなく、注文状況の確認や返品対応、ロイヤルティプログラムの案内まで一括して担うことで、顧客が離脱する接点そのものを減らしている可能性です。加えて、AIの回答に納得した消費者は返品率が下がりやすいという前述のAdobe調査の結果とも重なります。つまり、コンバージョン率の向上と返品率の低下という二つの効果が重なり合うことで、見た目以上に大きな成長率の差として表れているのではないかと考えられます。短期的な売上だけでなく、顧客生涯価値(LTV)の観点からも、ブランド独自エージェントへの投資は無視できない要素になってきています。
「ゼロクリック購買」時代にブランドコンテンツ戦略はどう変わるべきか
AIが商品比較や推奨を担う時代には、従来のSEO対策だけでは不十分になっていくと考えられます。これまでは検索結果で上位表示されることが最優先の目標でしたが、これからは生成AIが参照・引用しやすい形で商品情報やレビュー、FAQを構造化しておくことが重要になってきます。具体的には、商品仕様や在庫情報をAPIなどで機械が読み取りやすい形式で公開すること、信頼できる第三者レビューを蓄積すること、よくある質問への回答をわかりやすく整理しておくことなどが、AIに正しく、かつ好意的に取り上げられるための土台になると考えられます。いわば従来のSEO(検索エンジン最適化)に加えて、LLMO(大規模言語モデル最適化)とも呼ばれる新しい発想が必要とされる段階に入ってきているのではないでしょうか。
K字型消費とAIエージェント――所得層によって分かれる使われ方
Salesforceの分析では、AIの利用目的が所得層によって異なる傾向があることも指摘されています。高所得層は時間の節約やパーソナライズされた提案を重視してAIを使う一方、幅広い所得層において、価格比較や割引・クーポン探しのためにAIを使う動きが共通して見られるとされています。全所得層において送料無料が購買判断の最重要項目とされている点も踏まえますと、企業側のマーケティング戦略は「体験価値を訴求する層」と「コストパフォーマンスを訴求する層」とで、AIを介したコミュニケーションの設計を分けて考える必要が出てきていると言えそうです。一律のメッセージをAIに学習させるのではなく、想定する顧客層に応じた情報提供の仕方を準備しておくことが、今後ますます重要になってくるのではないかと考えられます。
日本の中小EC事業者が今から着手すべき備えとは
米国の大手ブランドほどの投資余力がない中小のEC事業者であっても、今回のデータから学べる点は少なくありません。まず着手しやすいのは、商品情報や在庫データを整理し、AIが読み取りやすい構造化データとして公開しておくことです。次に、既存のチャットボットや問い合わせ対応を、商品推奨や返品対応まで含めた簡易的なAIアシスタントへと段階的に発展させていくことが考えられます。そして、自社サイトだけでなく、サードパーティのAIチャットサービスの中でどのように自社製品が取り上げられているかを定期的に確認し、情報の誤りや古い内容があれば修正していく体制を整えておくことも欠かせません。大規模な専用システムを一から構築するのではなく、既存の仕組みを段階的にAI対応へ拡張していく発想が、現実的な第一歩になると考えられます。
「AIに選ばれるブランド」になるために注意しておきたいリスク
一方で、AIエージェント経由の購買が拡大していく過程には、見過ごせないリスクも存在していると考えられます。AIがどのような基準で商品を推奨しているのかという透明性の問題や、特定のプラットフォームや広告契約に基づいて推奨結果が偏る可能性は、消費者保護の観点からも今後議論が深まっていく論点になりそうです。また、顧客との対話データをAIアシスタントに集約していくことは、個人情報の取り扱いやデータガバナンスの重要性を一段と高めることにもつながります。さらに、AIの推奨に過度に依存することで、ブランド独自の世界観や接客体験が薄れてしまう懸念も指摘されており、効率化とブランド価値の両立をどう図るかは、各企業が自ら答えを見つけていく必要がある課題だと言えそうです。
まとめ
Adobeが示す2,751億ドルという市場規模の予測と、AI経由トラフィックの130%増という伸び率、そしてSalesforceが示す「買い物客の50%がAIアシスタントを利用」「ショッピングエージェント導入組の成長率が59%高い」というデータは、2026年のホリデー商戦が単なる一時的な需要の盛り上がりではなく、小売業の情報接点そのものが構造的に変化していることを物語っています。検索エンジン中心だった消費者の購買プロセスは、AIアシスタントを介した「ゼロクリック購買」へと重心を移しつつあり、ブランド側にはコンテンツの構造化や独自AIアシスタントの整備といった新しい対応が求められています。もちろん透明性やデータガバナンスといった課題も残されていますが、今回のホリデー商戦のデータは、AIエージェントとの付き合い方を本格的に見直す時期が来ていることを示す、わかりやすい指標になっているのではないでしょうか。

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