2026年に入り、企業におけるAI活用はかつてないスピードで広がっています。生成AIやAIエージェントを業務に取り入れる企業は増え続けており、もはや「AIを使っているかどうか」を問う段階は過去のものになったとも言われています。しかし、グローバル広告・コンサルティング大手のパブリシス・サピエントが2026年に発表した最新調査は、その「広がり」の裏側にある実態を浮き彫りにしました。米国・英国・フランス・ドイツ・オーストラリア・UAEの6か国、1,550人のAI意思決定者を対象にした調査によれば、73%の企業が「AIを定常的に、あるいは主要な業務プロセス全体で使っている」と回答した一方で、「AIが自社のビジネスの中核を担っている」と答えた企業はわずか10%にとどまりました。この63ポイントという大きな差は、AI導入の次のフェーズで企業が直面する本質的な課題を示していると考えられます。本記事では、この調査結果を軸に、企業がAIを「使っている」状態から「変わった」状態へ進めない理由を、データと現場の実態の両面から考察していきます。
1,550社調査が明らかにした「使っているが変わっていない」実態
この調査は2026年4月29日から5月14日にかけて実施され、調査会社プロテジェがパブリシス・サピエントのために1,550人のAI意思決定者から回答を集めました。対象となったのは従業員500人以上かつ年間売上高1億ドル以上の企業で、AI技術の評価・選定・導入に関与する立場の方々です。
調査結果を詳しく見ると、47%が「AIは現在のビジネスニーズを十分に満たせる」と回答している一方、42%は「AIは十分な能力を持っているが、自社の体制がその価値を引き出せる状態になっていない」と答えています。さらに22%は「自社の運営体制そのものがAI活用の最大の障壁になっている」と回答しており、技術そのものではなく組織の受け入れ側に課題があることをうかがわせます。「AIが自社のビジネスの運営方法を根本的に変えつつある」と答えた企業は38%でした。
地域別の結果にも大きな差が見られます。米国では41%が「根本的に変わりつつある」と回答し、34%が運営体制を主な制約要因としています。71%が今後12〜24か月でAI活用の大きな進展を期待している一方、「その期待に応える準備が完全に整っている」と答えたのはわずか20%でした。英国では51%が「根本的に変わりつつある」と回答し、60%が「業務フローに高度またはほぼ完全に組み込まれている」としています。フランスでは「根本的に変わりつつある」との回答は24%にとどまり、51%が社内データの整備不足を主な制約として挙げました。ドイツでは35%がAIを「業務を支える同僚のような存在」と表現しつつ、「企業全体に完全統合されている」との回答は10%でした。オーストラリアでは53%が業務フローへの高度な組み込みを、38%が根本的な変化を報告しています。UAEでは60%が「チームや業務フロー間で連携が取れている」と答えましたが、「企業全体で完全に統合されている」との回答は5%にすぎませんでした。パブリシス・サピエントのナイジェル・ヴァズCEOは「企業組織は、AIが可能にするスピードと規模、そして自律性のために設計されたものではありません」と述べ、「多くの組織はAIの導入に成功していますが、導入そのものが優位性を生み出すわけではありません」と指摘しています。
現場に広がる「もう一つのAI利用」――ガバナンスの外側で起きていること
この調査結果を補強するように、ECIリサーチが実施した別の調査でも、企業のAI活用における構造的な課題が浮かび上がっています。それによると、50.7%の組織が一般公開されているAIツールに依存している一方で、統制されたフレームワークのもとで全社的な導入を実現できている組織はわずか20.2%にとどまっています。また、AIエージェントが人の介入なしに自律的に行動できることについて「中程度の確信しかない」と回答した企業のAIリーダーは44%に達しました。それでも約3分の2の企業AIリーダーが、複数のAIエージェントを連携させる「マルチエージェント協調」を実運用またはパイロットの形で導入していると回答しています。
このデータが示しているのは、現場では管理の目が届きにくい形でAI活用がすでに先行しており、全社的なガバナンスや統制の整備がそのスピードに追いついていないという構図です。ツールの導入自体は進んでいても、それを安全かつ一貫した形で全社に広げる仕組みが追いついていないという点で、先の「73%対10%」というギャップと同じ根を持つ問題だと言えるでしょう。
独自考察――「導入」が「変革」に結びつかない理由を読み解く
「点」の導入が積み重なっても「線」にならない構造的なメカニズム
多くの企業では、各部署やチームが個別の課題を解決するためにAIツールを選び、導入してきた経緯があります。マーケティング部門はコンテンツ生成のためにあるツールを使い、カスタマーサポート部門は別のチャットボットを使い、開発部門はコーディング支援ツールを使う、といった形です。この「点」としての導入は一つひとつを見れば合理的な判断に見えますが、全社的な視点で積み上げても「線」や「面」にはなりにくいと考えられます。データ形式やワークフローの前提がツールごとに異なるため、せっかく蓄積した活用知見や成果が他部署に展開されず、組織全体としての統合的な力に変換されにくいのです。73%という高い利用率の裏で、全社変革という「面」の変化を実感できる企業が10%にとどまっている背景には、こうした構造上のねじれがあるのではないでしょうか。
意思決定権限とワークフローのズレという“見えない渋滞”
調査では47%が「AIは今のビジネスニーズを満たせる」と答えており、技術面での不満はそれほど大きくないことがうかがえます。それにもかかわらず42%が「組織の体制が追いついていない」と答えている点は注目に値します。これは、AIが提示した提案や分析結果を、誰がどのタイミングで承認し、実行に移すかという意思決定のプロセスそのものが、AIのスピード感に合わせて再設計されていないことを意味していると考えられます。従来型の承認フローや部門間の調整プロセスがそのまま残っていれば、AIが数分で出した分析も、実際の業務に反映されるまでに何週間もかかってしまう恐れがあります。22%が運営体制を最大の障壁として挙げている背景には、こうした見えない渋滞が存在しているのではないでしょうか。
「中核化」に成功した1割の企業に共通しそうな姿勢
今回の調査だけから断定することは難しいものの、英国やオーストラリアで業務フローへの組み込み度が高いという結果が出ている点は手がかりになりそうです。AIを既存の業務プロセスに後付けで接続するのではなく、業務プロセス自体をAIの特性に合わせて見直している企業ほど、「中核」という実感に近づきやすいのではないかと考えられます。また、ツールの利用率ではなく、実際に生まれた業務成果や意思決定の質を指標として追いかけている組織ほど、現場の活用が経営上の変化として認識されやすい傾向があるのではないでしょうか。
公開AIツールへの依存が生み出す「見えないコスト」
ECIリサーチのデータが示す、半数以上の組織が統制の外で一般公開AIツールに依存している状況は、短期的な生産性向上と長期的なリスクが同時に積み上がっている状態だと捉えられます。情報漏えいや出力内容の品質ばらつきといったリスクが潜在的に広がっている一方で、そのリスクを可視化し管理する仕組みは、わずか20.2%の組織にしか備わっていません。表面的な利用率の高さが、実は管理コストや将来的な手戻りを先送りしているだけだとすれば、今後数年で「ガバナンスの整備」自体が競争力の差になっていく可能性があります。
国・地域差が示す「正解は一つではない」という教訓
英国やUAEでは業務フローへの組み込みが進んでいる一方、フランスやドイツでは組み込みの度合いや「変革」の実感がやや低めに出ています。フランスでは社内データの整備不足が主な制約として挙げられていることから、AI活用の成否は技術の優劣だけでなく、各国・各企業が元々持っているデータ基盤や組織文化によって大きく左右されることがうかがえます。単一の「成功モデル」を他社からそのまま移植しても、同じ成果が得られるとは限らないという点は、今回の地域差から読み取れる重要な教訓ではないでしょうか。
今後1〜2年が分水嶺になりそうな理由
米国では71%が今後12〜24か月でAI活用の大きな進展を期待していますが、「完全に準備が整っている」と答えたのはわずか20%でした。この期待と準備のギャップは、今後1〜2年のうちに企業間の差を急速に広げる要因になりそうです。ガバナンスや意思決定プロセスの再設計に早期に着手した企業は、現在の「73%対10%」というギャップを縮め、AIを本当の意味での経営の中核に据えていく一方、ツールの導入だけで満足してしまった企業は、現場レベルの利用率は高くても、経営的な変化という点では足踏みを続ける恐れがあります。この分かれ道は、日本企業にとっても他人事ではないテーマだと言えるでしょう。
まとめ
パブリシス・サピエントの2026年調査が示した「73%がAIを使っているが、中核と呼べるのは10%だけ」という結果は、AI活用の次の課題が技術そのものではなく、組織やガバナンスの側にあることを明確に示しています。ECIリサーチのデータが示す、統制外でのAIツール依存という現場の実態も、同じ構造的な課題を別の角度から映し出していると言えるでしょう。今後は、ツールを導入する速度そのものよりも、意思決定の権限やワークフローをAI時代に合わせて再設計できるかどうかが、企業ごとの明暗を分けていくと考えられます。この63ポイントの差をどう縮めていくかは、2026年以降の企業経営における重要なテーマとして、引き続き注目していく必要がありそうです。

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